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第三回 コピーの独学における、インプットについて。

三島邦彦

王道はないが、道はある。

 

これは自分にしか書けないんじゃないかと思えるようなコピー。

他の人より先にこれを思いつくことができてよかったと思えるコピー。

 

そういうコピーを書くことがコピーライターの醍醐味の一つではないかと思います。

 

他の誰でもない自分なりのコピーを書くということ。しかしそこに至る道筋は単純ではありません。コピーという仕事において、自分らしさというものはむしろ邪魔になることが多い。

 

かつて僕は駆け出しの時に先輩から”Be water, man.(水であれ)”というブルース・リーの言葉を贈られたのですが、この言葉の深さを日々実感しています。氷のようにクールな強度を持つ必要がある時もあれば、熱をもって沸き立つ必要がある時もある。常に環境に対して反応し続けるのがコピーライターという生き方なのだと思います。だからこそ、自分らしさを押し付けるコピーが世に出る可能性は低い。自己表現ではない。しかし、自分らしさがないとつまらない。このはざまでコピーライターは苦しみます。

 

コピーライターとして生きていく。そこには(当然ながら)答えはない。王道はない。マニュアルはない。だから、コピーは基本的には自分で上手くなるしかない。逆にいうと、自分で上手くなりさえすればいい。そして、そのための環境は今の日本には用意されていると思います。

 

その環境とは、コピーライターによる講座や書籍やウェブ上での文章です。

 

 

スキーマという概念と、広告のスキーマ。

 

今井むつみ著『英語独習法』(岩波新書)という本を読んで、スキーマという概念を知りました。

 

スキーマというのは、一つの言語の「それぞれの状況で瞬時に身体が反応するような、身体に埋め込まれた意味のシステム」のことです。文法や語彙に関する知識の総体なのですが、頭で考えることなく無意識に正しく使える知識というところにポイントがあります。

 

外国語の初級者とネイティブの会話などの場面で、スキーマを持つ人はスキーマを持たない人が使う言葉に対して、「文法的には正しいけれども違和感がある」という感覚を持つことができる。一つの言語を習得するということは、その言語のスキーマを手にいれるということと言っても過言ではありません。

 

日本語を母語としていれば日本語のスキーマを持っているのですが、さらに日本語の中でも広告におけるスキーマというものがあり、それを持つということがコピーライターになるということのような気がしています。どの業界でも業界用語というものがあるのですが、業界用語ではなくてより幅広い、コピーライターならではの言葉の運用方法というものがあると思うのです。

 

たとえばクライアントや営業など、コピーライターではない人が例えばという形で書くものは、なぜかどれも絶妙な不自然さがあります。同じ日本語なのに、何か違和感がある。文法も語彙正しいけれど、何かがあきらかに違うという状態。一方でアートディレクターにコピーが上手い人が多いのは、単なるセンスの問題というより、広告を作る経験から広告のスキーマを持っているからだと考えられます。もちろん、クライアントにも営業さんにも、素晴らしいコピーを書く人もいます。そういう人は相当に経験があったり熱心に勉強をしていたりすることが多い。つまり広告のスキーマを持っている。

 

広告コピーのスキーマを身につける。ここにコピーライターが書いた本を読むことの一つの有用性があります。コピーライターの本を読むことで、コピーライターの使う言語の肌感覚を吸収することができる。本を読んでコピーが上手くなるというような甘いものではありませんが、少なくともこの世界の言葉遣いを知らず知らずに身につけることができる。そしてその言葉遣いを無意識に染み込ませていくことは、想像以上に重要なことなのではないかと思うのです。宣伝会議のコピーライター養成講座というのはとてもよくできた仕組みで、講師に反発するもよし、適応するもよしなのですが、いずれにせよ一流の講師の言葉を集中的に浴びるということに最も教育的な意味があるのだと思います。

 

コピーライターの弟子になった人は、母語を習得するように日々師匠の言葉を浴びることでスキーマが形成されているはずです。師匠の影響というのは、意識的な教えだけでなく、無意識のスキーマによるものが大きいはずです。そして、師匠がいないという場合でも、世にあるコピーライターが残してきた言葉たちによってスキーマの形成を図ることができるのではないかと思うのです。

 

広告のスキーマを身につける。そういう意識を持ちながら、たくさんの名作コピーを浴びて、たくさんの広告に関する文章を浴びる。そうすることで、無意識に広告の言葉を使えるようになる。正しい違和感を持つことができるようになる。正しい違和感を持つことができれば、自分が書くものに対して厳しくなれる。この自分への厳しさことがクオリティの根源です。

 

広告のスキーマを身につけること。話はすべてそこからのような気がします。

 

 

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