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本を読まない後輩におすすめする僕の広告本ガイド :CMプランニング編
上島史朗
「CMプランニングについてヒントと情熱をくれるメンター本、20冊」
90年代、テレビをつければ、佐藤雅彦さんの作るCMが流れていた。NECのバザールでござーるのフレーズ、缶入り紅茶Pekoe(ピコー)のかわいい歌と振り付け、JR東日本のジャンジャカジャーン、学校から帰ってきて夕方テレビをつければ、ドンタコスったらドンタコス、スコーンスコーン湖池屋スコーン、ポリンキーポリンキー三角形の秘密はね。小中高生の頃、それは日常だった。大学生になると、岡康道さんの作るCMに惹かれるようになる。当時、東京の若者が振り向くように設計していたと聞いたことのあるJ-PhoneのCM。永瀬正敏とKathyChauが、互いに届かない言葉を交わし合うその世界観は、所沢の若者にも響き、携帯電話は迷わずJ-Phoneにした。フジテレビが元気で、元気だと自社の番宣も優れたものが生まれやすくなる。「フジテレビがいるよ。」が描いた、大人の「孤独」は、CMなのに、見るたびにゾクゾクした。佐藤雅彦さんの数学的なトーンと、岡康道さんの人生のようなストーリーテリング。今思えば、なんて贅沢な時間だったんだろう。TV-CMが、商品そのものだけじゃなく、もっと豊かなことを届けていた。
「…と、そういう時代だったんだよ。」
「なるほど、私が生まれた頃ですね。」
「!!!」
本を読まない後輩Sに勝手におすすめする広告本シリーズ。今回は、CMプランニングについての本です。それにしても、自分が当たり前だと思っていた景色って、普遍じゃないんだよなあと思わされます。きっと、どの世代の方にも(後輩S世代のみなさんにも)、メディアの景色が変わる瞬間はあると思います。そんななか最初に紹介するのは、上記のようなCMプランナー全盛の時代に出た二冊の本。1996年に出版された『佐藤雅彦全仕事』((1996年 マドラ出版)と、翌年に出版された『岡康道の仕事と周辺』(1997年 六耀社)。この「全仕事」シリーズも「仕事と周辺」シリーズもいずれも非常にすぐれた編集がされた人気シリーズで、何人もの時代を彩るクリエイターが特集されています。
佐藤雅彦さんの本の存在を僕に教えてくれたのは、大学のスキークラブの後輩でした。「上島さんはきっと好きそうだからおすすめしますよ。」と言って佐藤雅彦さんの黄色い本を見せてくれた後輩のおかげで、僕はいま広告の仕事をしているのかもしれません(ありがとう!)。それくらい、この本は衝撃的でした。僕が中高生の頃から親しんできたあのCMもこのCMも、佐藤雅彦さんという人が作っていたのかということと同時に、それらがこんなにも明快なルールに則って作られていたとは、という驚き。はじめて表現の世界の裏側を覗き込んだような感動がありました。
岡康道さんの本は、岡さんが3つのTCC最高賞を独占した翌年の一冊。その後、TUGBOATを作られる前夜となる時期の本です。アートディレクターやデザイナーによる「仕事と周辺」が多かったこのシリーズで、CMプランナーが特集されたのは岡康道さんと瓦林智さんのみ。CMプランナーを取材して本にするのって難しい気がするのですが、この本は当時の岡さんの熱量まで伝わってくるような内容です。「僕は生きている。当分、元気でやっていけると思う。それなのに、みんなこんなに優しい。」という言葉で、寄稿してくれた人たちへの感謝を述べているのが忘れられません。岡さんが亡くなられて1年後の2021年に、青山のスパイラルで「Oka Yasumichi 1956-2020」というお別れのイベントがありました。僕も会場に駆けつけた一人ですが、改めて残した仕事の大きさを噛み締めています。
メンター本としてこの二冊を捉えるなら、「若い時に出会うべきメンター本」です。まず、手取り足取り教えてくれるというよりも、「いいから横で見てろよ」的なのが岡さんの「仕事と周辺」。手がけた仕事の1つ1つをすぐそばで見せてくれるような、入社1年目にしてすごい先輩についたような感じを味わえる一冊です。一方で、佐藤さんの本は、CMをどうやって考えたのか、どういった新しいルールを課していったのか、そういった1つ1つを丁寧に講義してくれる一冊。佐藤さんの理路整然とした思考回路に圧倒される本だからこそ、若い時に出会うべき一冊だと思います。経験を重ねてしまうと、「とても自分には無理だ」といった余計な邪念が入ってきちゃいますから。
「なるほど。じゃあ、いつか読んでみます。」
「よ、読むの!?あ、ごめん、どちらも絶版かも…。」
「あ、メルカリにありました。」
「早いね。」
岡さんの本を紹介したので、その師匠、小田桐昭さんと岡さんの対談本も。その名も『CM』(2005年 宣伝会議)です。「仕事と周辺」では、豪快で繊細な、時代の寵児としての岡さんが浮かび上がりますが、小田桐さんとの対談では、かつての上司と部下として、聞いてみたかったことを一つひとつ質問しながら、その時間を楽しんでいる、とってもニュートラルな岡さんが見えてきます。互いに尊重するお二人の歴史や関係も伝わってくる素敵な対談です。そして、素敵なだけじゃなくて、広告業界の今とこれからについて小田桐さんが感じること、岡さんが思うことを、徹底的に語り合っている。この内容、2005年のものですが、今読んでも頷いてしまうことが山ほどあります。小津安二郎の映画がなんでドキドキするかについて。タレント広告の功罪について。アイデアは「自分」という個性を通過させることについて。どれも、この二人の関係じゃなかったら聞けないような、深さと広さを持った対話が続いてゆきます。佐藤雅彦さんが1年間隣の席にいた日々のことを「天才の隣にいる」ことの辛さとして語っているのも印象的です。メンターとメンティーによる対談、という意味でも、なかなか貴重なメンター本になっています。
小田桐昭さんと言えば、日本のTVCM黎明期からずっと活躍されたレジェンド。その小田桐さんがどんな生い立ちで、どうしてTVCMを手がけるようになったのかがわかるのが、『小田桐昭の「幸福なCM」。』(2021年 辰巳出版)。自伝のようなこの本は読むだけで日本のTVCM史がわかるようです。そして、後半では今、企画に取り組む僕らすべての制作者に、厳しくも優しいメッセージを届けてくれます。いつから「CMはつまらなくなった」のか。このテーマは、『CM』の中でも危機感の表れとして言及していますが、「つまらなくなった」理由の1つ1つに、身につまされたり、ハッとしたり。小田桐さんがECDを担当したアテントのTVCMがどのように誕生したのかも書いてあり、その活躍にも刺激をもらえる一冊です。
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