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令和日本のクリエイティブを変える黒船「SHOGUN 将軍」

橋口幸生

令和日本にクリエイティブの世界を震撼させる「黒船」が来航した。しかも、今度の黒船にはアメリカ人ではなく、日本人が乗っている。

 

黒船の名前は「SHOGUN 将軍」。ウォルト・ディズニー・カンパニー傘下の有料テレビチャンネルFXが制作したドラマシリーズだ。関ヶ原直前の戦国時代を舞台に、徳川家康や石田三成といったおなじみの人物をモデルした戦国武将達が暗躍する、「もう一つの日本史」を描いている。主演とプロデュースを務めるのは真田広之。浅野忠信、二階堂ふみといったスター俳優たちも出演している。

 

再生をタップした瞬間あなたは、「SHOGUN 将軍」が、これまで見たどのドラマや映画とも違うことに気づくだろう。

 

夜霧の中ヌッと姿をあらわす、幽霊のようなイギリス船。
鷹狩に興じる、真田広之演じる吉井虎長のカリスマ性。
虎長の宿敵、石堂和成の拠点である大阪城の威容。

 

「ハリウッドが描く日本」と聞いて、良い予感を抱く日本人は少ないだろう。ハリウッド映画やドラマでの日本は、日本人の目には「トンデモ」にしか見えないものばかりだったからだ。しかし、「SHOGUN 将軍」は違う。日本人にとって違和感がないという次元を超えて、粗探しをする気持ちすら起きない、「本物の戦国日本」が眼前にあらわれる。戦争と陰謀が渦巻く、1600年代の日本の空気の臭いすら漂ってくる映像に、誰もが圧倒されるはずだ。

 

それもそのはずで、「SHOGUN 将軍」は日本人スタッフの手による、徹底した考証に基づいて作られている。

 

ハリウッドの資金と技術で再現された本物の戦国時代

 

「SHOGUN 将軍」は、1975年に出版されたジェームズ・クラベルによる同名の小説が現差のドラマだ。1980年にもアメリカのNBCによってドラマ化され、リチャード・チェンバレン、三船敏郎、島田陽子、ジョン・リス=デイヴィスらが出演した。40年以上前のアメリカで、全編日本でロケ撮影された、日本のドラマがあったことに驚かされる。商業的にも大ヒットを記録している。

 

しかし、そんな野心的な作品でも、時代の制約からは逃れられない。80年版ドラマでの日本は、西洋人の主人公の目を通した、エキゾチックな異国として描かれている。一方、多様性が当たり前になった現代の作品である「SHOGUN 将軍」は違う。徹底した時代考証のもと、日本人ですら知らなかったリアルな戦国日本を現出させているのだ。

 

まず注目するべきなのは、日本人のキャラクターは全て、日本人俳優によって演じられていることだろう。何を当たり前のことを・・・と思うかもしれないが、今でも海外ドラマで日本人キャラクターを外国人が演じることは普通にあるのだ。

 

2020年のドラマ「ザ・ボーイズ」では主人公のひとりである日本人女性キミコの弟を韓国系アメリカ人俳優が演じていた。当然、日本人ではないので、日本語のセリフがカタコトで何を言っているのか全く聞き取れないという事態が発生してしまっていた。2017年の映画「攻殻機動隊」で主人公・草薙素子を演じたのはスカーレット・ヨハンソンだった。2005年の映画「SAYURI」では主人公さゆりをチャン・ツィイーが演じた。アメリカ人はもちろん、私たち日本人も、たいした疑問も持たずそれを受け入れていたのだ。

 

しかし、時代は変わった。「SHOGUN 将軍」では真田広之、浅野忠信、二階堂ふみ、アンナ・サワイといった日本人の実力者たちが日本人を演じるという、当たり前のキャスティングが実現している。織田信長をモデルにした黒田信久を演じた尾崎英二郎はXで、

 

「主演級・助演級から端役にいたるまで、すべての役柄が日本、北米、欧州などでオーディションされ、(知名度優先主義ではなく)“その役にピタリと合った俳優陣” が、長期の審査を経てキャストされています」(出典:尾崎英二郎公式X)

 

とコメントしている。

「SHOGUN 将軍」本物志向はキャスティングにとどまらない。尾崎英二郎は同じくXで、本作のプロダクションについても貴重なコメントをしている。以下に引用する。

 

【『原作小説』を重要視】
原作者の娘ミカエラ・クラベルをエグゼクティブに迎え、トップクリエイターたちとの協力体制によって脚本の世界観を丹念に構築し、ミカエラ氏は「今回のバージョンこそが、“父のSHOGUN”です!!」と、完成作を最大級の言葉で讃えています。

【所作指導の先生方による万全サポート】
また有り難いことに撮影前には何度かの所作のお稽古時間が俳優たちに用意され、本番のセット付きの担当のほか、お稽古場の担当と、複数の日本の所作指導の先生の皆さんが常に居てくださり、“より良い形”を丁寧に俳優たちに教え込んで下さいました。

【心強い日本のコンサルタント】
驚嘆するレベルの衣装の美をデザインしたカルロス・ロザリオは、日本の第一人者 黒澤和子 さんから、説得力ある美術セットデザインを手がけたヘレン・ジャーヴィスは、80年度版にも携わった 部谷京子 さんから、創作上の助言やサポートを受けています。

【献身的な通訳者たちの存在】
国境を越え、作り手達が共同制作する場合、立ちはだかるのは言語の“壁”。『SHOGUN』では撮影地カナダの日本人通訳チームが、演出・美術・ヘアメイク/結髪・衣装など各部門に常時配置され、複雑で細やかな創作の作業に絶対不可欠な潤滑油となってくれました。(出典:尾崎英二郎公式X)

 

こうして並べると、制作陣がいかに資金と手間を惜しまなかったかがよく分かる。しかし最大の功労者は、真田広之なのは間違いない。

 

真田広之のキャリアの集大成

 

真田広之は「SHOGUN 将軍」で主演に加えてプロデューサーも努めている。真田はFXから本作の出演をオファーされた時、

 

「自分が関わるのなら、ちゃんと日本人の役に日本人を使ってくれるのか。戦国時代を再現するなら、日本からクルーを呼べるのか。そうであれば考えたい。おかしなものを作るのなら、自分は日本人として参加できない」(出典:真田広之「SHOGUN 将軍」、裏側の闘い語る ─ 「この作品をニューノーマルに」「今時、これくらいやらないと恥ずかしいのだと」【単独取材】)

 

と伝えたという。FXはこの提案を受け入れ、真田広之をプロデューサーに抜擢。創作のすべてで真田広之の監修を受ける体制が整えられたのだ。

真田広之は自分の出番以外でも常時、現場に立ち会い(「いつ寝ていたのか分からない」と出演者が証言している)、正しく日本が描かれているかどうかチェックしたという。以下、引用する。

 

これまでに真田が培った人脈とノウハウの全てを注ぎ込むように、自ら人材配置を行った。「京都、東京、各地からスペシャリストを呼ぶことができました。これまでの悔しい経験が、今回に活かされました」。

現場で真田が指摘した「誤った日本描写」はどのようなものだったかと聞くと、「数え上げるとキリがない」と笑う。例えば、障子が裏表にはめ込まれている、玄関に靴を脱ぐ段がない、などだ。着物の着付けからレクチャーした。「襟が右前になると、それは葬式の死人に着せるものになる。それだけで意味がついちゃうんだよ、ということを一から教えました」。

撮影後の編集作業でも監修を務めた。日本的な意味合いを考え、切ってはいけないところ、スキップしてはいけないところを、ひとつひとつ指示した。

VFXについても同様だ。こんなに高い建物がここにあってはいけない、屋根の色が違う、五重塔はここにはない、安土城がカラフルすぎて中国系に見えてしまう……。「随所で目を光らせました。日本から連れてきたクルーたちもいるので、各パートで頑張って、直してもらいました」。
(出典:真田広之「SHOGUN 将軍」、裏側の闘い語る ─ 「この作品をニューノーマルに」「今時、これくらいやらないと恥ずかしいのだと」【単独取材】)

 

真田広之のハリウッドでのキャリアと聞いて、多くの人は2003年の「ラスト・サムライ」を思い出すだろう。しかし真田は、それ以前からはっきりと海外でのキャリアを志向している。

 

1982年には香港で「龍の忍者」に主演。これが海外映画としては初の主演作だ。1999年から2000年にかけては、イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー公演「リア王」に唯一の日本人キャストとして出演。女王エリザベス2世より名誉大英帝国勲章第5位を授与されるほど高く評価されている。

 

その後は「ラスト・サムライ」(2003)、「ウルヴァリン: SAMURAI」(2013)などに出演。2021年には、満を持して主演を努めたアクション大作「モータル・コンバット」が大ヒットしている。

 

こう書くと華々しいエリート街道に見えるが、真田広之はもとから英語話者だったわけではなく、大人になってから学習している。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに出演したのは38歳、ロスに拠点を移したのは45歳の時だ。これまでどれだけの苦労を重ねてきたか、想像に難くない。そんな真田のハリウッドでのキャリアの結晶が、「SHOGUN 将軍」なのだ。

 

戦国日本で繰り広げられる、次の「ゲーム・オブ・スローンズ」

 

 石庭の海を進む西洋船、大阪城、崩れた山の中から姿をあらわす甲冑の兜。「SHOGUN将軍」のオープニング映像は、伝統的な日本の音楽とハリウッド大作のサウンドトラックをあわせた荘厳な音楽も相まって、見るものの心をドラマの世界に引きずり込む秀逸な仕上がりになっている。そして、このオープニングの時点で、本作が明らかにHBOドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」の影響下にあることが分かる。

 

「ゲーム・オブ・スローンズ」は、野蛮で不潔で暴力的な、リアルな封建社会ヨーロッパを映像化したところが画期的だった。このコンセプトは「SHOGUN将軍」に、そのまま受け継がれている。首刈り、切腹といったバイオレンスが容赦なく映像化され、視聴者の「残酷な封建社会を見たい」という下世話な要求を満たしてくれる。

 

登場人物たちの関係は、一回見ただけでは把握しきれないほど複雑だ(公式サイトに親切な相関図が用意されている)。東軍と西軍、カトリックとプロテスタント、江戸と大阪、男と女。様々な思惑が重なり合う中、繰り広げられる陰謀劇は、やはり「ゲーム・オブ・スローンズ」と似ている。

 

「ゲーム・オブ・スローンズ」ゆずりの力強い女性キャラクターも「SHOGUN将軍」の見所のひとつだ。ドラマの舞台は、現代よりはるかに女性差別がひどかった戦国時代だ。どの女性キャラクターも、男の所有物のような扱いを受けている。「ゲーム・オブ・スローンズ」同様、政治の駆け引きとして、平然と娼婦や娼館が使われる。しかし、女性が弱者、被害者として描かれることはない。女性たちは理不尽な運命に翻弄されながらも、男以上に強く、したたかに生き抜いていく。

 

「殿方は様々な野望のために戦に出られまする。領土、名誉、権勢を増すため…されど女子(おなご)は、常に闘うておるのでござります」

 

細川ガラシャをモデルしたキャラクター、戸田鞠子のこのセリフに、「SHOGUN将軍」の女性たちの魅力が集約されている。

 

戦国武将たちの「死生観」

 

これまで見てきたように、日本人俳優、スタッフだから実現できたリアリティと、「ゲーム・オブ・スローンズ」の影響を取り入れることで、「SHOGUN 将軍」はかつてないクオリテイで戦国日本の映像化に成功した。しかし、私が映像以上に感銘を受けたのは、戦国に生きる日本人の「死生観」が見事に表現されていることだ。

 

現代と戦国時代の最大の違いは、「死」の身近さだ。人生100年時代なんていう言葉があるように、現代人にとって死はイレギュラーな現象だ。病気や事故で若くして亡くなることはあるが、多くの人にとって死は、寿命が尽きることとイコールだろう。日常的に死を目にする機会も少ない。筆者自身、大人になって葬式に出るまで、死体を見たことがなかった。

 

しかし、戦国時代で死は日常だ。現代なら治療できる病気や怪我でも、人はあっさり命を落とす。天寿をまっとうする方がレアケースだったのだ。戦争が仕事の武士やその家族にとっては、なおさらだろう。

 

「SHOGUN 将軍」の登場人物たちは、驚くほどあっさりと死を受け入れる。第一話で吉井虎永の家来、宇佐美忠義は重要な場面で失言をする。すると、その責任を取って「切腹をお命じくださりませ。我が一族郎党根絶やしにし、お家断絶のご沙汰を!」と自ら願い出て、実際その通りになる。序盤から死生観が全く異なった時代の物語であることを見るものに印象づける、強烈なシーンだ。

 

樫木藪重(浅野忠信の演技が本当に素晴らしい)は、日記のような感覚で遺書を書いている。ちょっとした挑発を受けただけで、あっさりと死地に向かう。任務に失敗すると、たいして怖がる様子もなく、切腹しようとする。劇中でもっとも計算高いキャラクターである樫木ですら、長生きしようとする素振りをほとんど見せないのだ。

 

死生観という、人間のもっとも根源的な部分においても戦国時代を蘇らせることに、「SHOGUN 将軍」は成功している。

 

「SHOGUN 将軍」が突きつける、日本の課題

 

黒船来航が江戸幕府の限界を明らかしたように、「SHOGUN 将軍」も現代日本のクリエイティブ業界の問題を突きつけてくる。あえて言葉を選ばず、はっきり書こう。

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