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本を読まない後輩におすすめする僕の広告本ガイド :クリエイティブディレクション編

上島史朗

 

「メンター本の最高峰、クリエイティブ・ディレクターの5冊」

 

 

「上島さん、わたし、ついに本買いました。」

 

「え・・・!買ったのー!?」

 

前回のようなやり取りですみません。し、しかし、「モノはできるだけ持たず、買う時は吟味に吟味を重ねて、それでも買わないことのほうが多い」派の後輩Sです。先月読んだ本も図書館で借りたと言っていました。(それはそれで素晴らしいことですが)。そんな彼女が、本を買った…。果たして、今までの連載で紹介した本なのか気になります。

 

「大貫卓也さんの『Advertising is TAKUYA ONUKI Advertising Works(1980-2020)』を買いました。」

 

「お、おう…。そうきたか!」

 

何がどうきたのかわかりませんが、なんと男前なセレクトでしょうか…!広告本をほとんど読まないできた彼女が、いきなり聖書よりも分厚く、1万円以上するあの本を買うとは…。

 

「そ、それで感想は?」

 

「私にはADは無理だなということと、こんなにも素晴らしいアウトプットの方法を次々と見つけられる凄さだったり、そこに方法論があることを感じました。あと…私が生まれる前の仕事でもぜんぜん古さを感じなくて、その普遍性が凄すぎるなと…。」

 

そうだよね。これでもくらえ、というのがこの本のコンセプトでもあるから、後輩Sがこのメンター本から刺激や発見をたくさんもらえたなら紹介した甲斐があります。

 

さて、そんな広告のアレコレにまつわる、あなたのメンターになりうる本=広告メンター本ですが、今回はクリエイティブ・ディレクターが書いた本についてご紹介します。

 

クリエイティブ・ディレクター。いまや、広告だけでなく、IT業界やゲーム業界、ファッションの業界でもこの肩書きを持つ人がいるくらい、その名前の認知度は上がってきたかもしれません。広告業界では、CDと頭文字で呼ばれることが圧倒的に多いですね。

 

僕も、クリエイティブ・ディレクターの肩書きを持つようになって10年ぐらい。最初のうちは、CDとコピーライター、プランナーの違いは何かについて、なかなか明快な答えが見つからず、右往左往したのを覚えています。コピーライティングの本はたくさんある。アートディレクションの本は大貫さんの「全仕事」をはじめたくさんある。でも、クリエイティブ・ディレクションとは何かについて、明確に定義した本はどうだろう…。そんな疑問を、タイトルから一気に吹き飛ばしたのが、日本を代表するCD、古川裕也さんの『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』(2015年 宣伝会議)でした。

 

 

クリエイティブ・ディレクションという仕事は、「①ミッションの発見②コア・アイデアの確定③ゴールイメージの設定④アウトプットのクオリティ管理」の4つで成り立っているという明確な定義。「これ以外のことは、しなくてもよい。というより、むしろしない方がいい。」(共にp.31)という言い切り。そう、この本は、古川さんの言葉がゾクゾクするほど明快で、いい意味でそれ以外を認めない、読み手を迷わせない定義がなされています。

 

CDになりたての頃の僕は、恥ずかしながら④アウトプットのクオリティ管理しか意識できずに働いていました。でも、考えてみればその手前のゴールイメージが設定されていなければ、やみくもなクオリティの追求になります。コア・アイデアが確定されていなければ、何のクオリティを上げればいいのかもあやふやになる。結果、それはクライアントの抱える課題を解決することはおろか、ミッション不在のまま進行することになりうる。それがいかにダメなことかについて、古川さんの言葉を以下にご紹介して、一刀両断してもらいます。

 

 

“ディレクション側から言い換えると、アイデアを考えるべき範囲を限定して、考えやすい状態にすること。それが、ミッションの発見という、クリエイティブ・ディレクションの最初の仕事になる。ちなみに、これがトンチンカンだと、その後の作業はすべて無駄になる。CDだけならまだしも、チームメンバーの人生のいくばくかを無駄にすることになる。それは、ふつう許されない。”(p.36)

 

 

読んでいて手にジワッと嫌な汗をかきます。そう、ふつう許されないのです。CDは、メンバーの人生の時間を借りて、プロジェクトを率いているのですから。他にも古川さんは、

 

 

“「全方位で考えよう」とか、「君たち好きなように自由に考えていいよ」とか、「あらゆる可能性を残しておこう」とか言い出すCDらしき人物が時々登場する。いるだけ邪魔である。そういう人の言うことを聞いてはいけない。”(p.51)

 

 

と指摘しています。上記すべて、僕の中で禁句が確定しました。どんなに悩んでいようとも、どんなに忙しくとも、「全方位で考えよう」などとは言うまいと。

 

この本、僕は折を見て再読する本の1つです。そして読み直すたびに、思うところがあります。毎回、新鮮にハッとするのです。こ、こんな大事なことが書いてあったか!…とか、いまの状況で自分にできることがまだこんなにあったか!とか…。そもそも本当に自分はこの本をちゃんと読んでいたのかと、読む度に反省してしまう。出来の悪いCDがECDの席に行って、その場で、2時間ぐらい立たされたままECDから(愛のある)ダメ出しをひたすら受け続けるような気持ちで、拝読しています(そんな経験はしていません)。で、読む度に「忘れてはなるまい」と付箋を貼っていましたが、ある時、「ほぼ全ページ付箋貼っているんじゃないか」ということに気づいて、それ以上、付箋をはることをやめました。この本まるごとで、受け止めるべきだなと。TIPS的に「いいこと聞いた」という態度だと、たぶんCDは務まらないんだよなあと。

 

自分がCDになりたての頃、悩んだことが2つあります。みんなの意見をまとめるだけがCDの仕事なのだろうかというのが1つ目。これは、前述の4つのプロセスが見えていなかった頃のものです。まとめる以前に、やることだらけでした。もう一つ悩んでいたのは、CDにひらめきは要らないのだろうか、ということ。アイデアを考えることを、自分のいちばんの仕事だと思っていたけれど、CDになると各スタッフが一生懸命そこを考えてくる。そうやってアイデアを考えずに「まとめ係としてのCD」になってしまうと、自分の能力は緩やかに退化するんじゃないかと。

古川さんのこの本は、そんな僕の悩みもはっきりと否定し、軌道修正してくれます。

 

 

“クリエイティブ・ディレクションの仕事には、2回、直感的判断が要求される。

最初と最後である。”(p.106)

 

 

つまり、CDにも直感的な視点は必要なのです(当たり前か…)。オリエンの最初の段階で、自分の直感を信じて「今回はこっちの方向じゃないか」というビジョンを提示するのは、ロジックではなく直感が必要。そして「最後はこういう状況になるべきだ」というゴールイメージを描き、決断するにも、やはりCDの直感が必要なのです。

 

 

“直感で決めなくてはならない。そのギャンブル量を極小化しておくのが、クリエイティブ・ディレクションという技術なのである。”(p.106)

 

 

具体的に、それはどうやって?という疑問には、具体的な仕事を通して示してくれます。なかでも、JR九州の九州新幹線開業『祝・九州』の仕事は、僕にとっても思い出深いものでした。

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