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第二章  酢豚(エディター M)

村田俊平

ケチャップ由来の赤いツヤが揚がった豚ロースと玉ねぎ、ピーマン、にんじん、パイナップルを問答無用で一つの世界に引きずり込む。パイナップル否定派の議論に付き合う気はない。この酸っぱさとちょっとだけ幼稚な味の演出が酢豚の生命線だと思う。撮影に帯同した時に出る、本格的な黒酢豚より、こういう日本人ならではのルールを無視して欲望に正直な調理の方が僕は好きだ。


頼んだ酢豚をカウンター越しに受け取ったとき、店長の背中越しにあるテレビモニターで女性タレントの出演するCMが見えた。見覚えがあるような、ないような不思議な感覚がじわっと広がる。

 「ああ、こんなふうになったのか」

街中華の喧騒でセリフやSEはよく聞こえなかったが、その不思議な既視感は商品カットで霧消する。これは僕が3ヶ月前に、競合コンペ用にVコンをつないだCMだ。胸のあたりを灰色の霞が覆う。

 

 

結局どういうチームで納品したのか気になってCMのスタッフリストをネットで調べる。オフラインエディターは苅田さんだった。同業なので意外に会う機会はないが、中堅〜ベテランのエディターの中では抜けていて、尖っているわけではないがメジャーな仕事が多い。今回のものは、妙に長い商品カットが気になったけれど、それ以外はよくまとまっていてさすがという感じだ。噂では、もう辞めて別の仕事に移るとも聞いたが、まだまだ全然やれそうじゃん、と思う。苅田さんが辞めたらそのいい仕事が僕にも回って来ないか、などと、思いながら、他のスタッフリストもそれとなく眺めていると、クリエイティブ・ディレクターの表記を見つけた。胸に広がっていた霞が今度はグッと重くなる。

 

 

 

3ヶ月前。このCMの競合コンペのVコン制作の作業で僕は溜池山王のプロダクションの一室に呼ばれていた。広告のクリエイティブ提案は、同じ業界の人間が、同じお題を、同じ時間で考える訳で、提案の方向性もある程度似てくるから、勝ち筋の分水嶺は案外些細なところになったりする。「Vコン(ブイコンと読む)」はそのための道具だ。ありものの素材やイラストで繋いだCMのモックのようなもので、絵や字だけでわかりにくいCMのイメージをクライアントに(ちょっと盛って)伝える。若い世代には珍しくないけど、僕の場合はエディターをメインに、映像のディレクターも兼任することもあるので、何かとVコン作業に呼ばれるのだが、どうしても「CMや映像は最終的に、形になり、人の目に触れてこそのもの」、という成果主義的な思想が拭えず、僕は正直Vコン作業がそれほど好きではない。

 

プレゼン準備の中、方針は時々刻々と変わるので、それに付き合って、Vコンチームもプレゼン前は遅い作業になる。この日も、食べカットのセリフの試行錯誤がなかなか終わらず、モニターの一番近い席に座った僕は、言われるがままにプロデューサーや、クリエイティブの指示を淡々と遂行していた。編集が深夜に及ぶにつれ、煮詰まったり修正の待ち時間で手持ち無沙汰になっていく時間が増えた。プロデューサーが眠気を払拭するように口を開く。


 「これ勝ったら演出誰にしますかねー」

 

お馴染みのセリフだ。

 

 「あーA案だったら木場さんですかね。んーB案だったら、美山さんとかいけたらいいよなぁ。やってくれるかな」

 

代理店のクリエイティブがカタログを眺めるように、CMディレクターズファイルをめくる。なんとか一年間のワークスから3本をかきあつめられた僕もあいうえお順で美山ディレクターの隣に載っている。

 

 「宮内さんは、演出誰がいいと思いますか?」

 

さも、いいトピックかのように聞いてきた。

 

 

 
「みやちゃんは、ほら、橘ひよりの出てる『これぞ、ぬるうま』ってアイスのCMやってるんだよ」


ピンときていない話し相手に竹中さんが追い討ちをかける。

 

「見れば知ってると思うよ」

 

結局、わざわざスマホを取り出してまでCMを見せた割に、隣の若い世代の子は全くピンときておらず、バーカウンターは変な空気になった。20代の人と共通のテレビCMの話題で盛り上がることなど今の時代ほとんどなく、何を隠そう、僕の家にもテレビがない。
こんなことを竹中さんが言い出すのは僕の自業自得でもある。前回、竹中さんに酒場で会った時、橘ひよりの話になった流れからなんとなしに伝えた「あのCM僕やったんですよ」の一言が裏目に出たのだ。適当に話が終わるかと思ったが、情報番組チェックが毎朝のルーティンに組み込まれているCM好きの竹中さんがそれでいたく喜んでしまい、第三者に僕を説明する際、このCMを引き合いにだし「スゴイ人」ということにしてしまう。その話が出るたび、Vコン制作で競合プレゼンの準備に参加しただけだと気後れしてしまう。かといって、メインのエディターやディレクターとして、僕には、みんなに知られている映像作品はない。「バクマン」に出ていた「マンガは誰かに読んでもらって初めてマンガになる」そんなセリフが自分へと向けられる。


 「えーじゃあ、撮影で橘ひよりに会ったことあるんですか?」

 

あるわけないじゃないか。

 

 

 

 

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